従業員に長く働いてもらいたいと思いながら、給与の体系や手当の仕組みは「なんとなく昔からこうだから」で続いている。評価の基準も明文化されておらず、頑張っている従業員ほど「ここにいても報われない」と感じて辞めていく。
職場の定着率が上がらない原因は、給与水準だけではありません。評価される仕組みがあるか、会社が自分の健康や成長に関心を持っているか、働く環境が整っているかといった要素が、従業員の職場への信頼感に積み重なっていきます。
「人材確保等支援助成金(雇用管理制度・雇用環境整備助成コース)」は、こうした職場の制度を新たに整備した事業主に対して、国が費用を助成する制度です。
賃金の体系を整えること、手当や賞与の制度を新設すること、人事評価の仕組みを導入すること、業務を楽にする機器を入れることなど、幅広い取り組みが対象になります。
この記事では、制度の全体像と各メニューの内容を具体的に解説します。
こんな企業におすすめ!
・資格を取っても給与に反映される仕組みがなく、従業員のモチベーションが上がりにくい
・人事評価の基準が曖昧で、なぜ自分の給与がこの金額なのかを説明できない状態になっている
・現場の身体的な負担が大きく、それが離職や採用難の一因になっていると感じている
・1on1面談やメンター制度など、従業員との対話の仕組みを整えたいが何から手をつければいいかわからない
1. 雇用管理制度・雇用環境整備助成コースとは?
「人材確保等支援助成金(雇用管理制度・雇用環境整備助成コース)」とは、事業主が求職者や従業員にとって魅力ある職場を創出するため、雇用管理制度や業務負担軽減機器等を新たに導入し、その適切な運用を経て従業員の離職率の低下が図られた場合に、取り組み内容に応じた額を支給するものです。
例えば、「昇給のルールを就業規則に明文化した」「資格手当を新設した」「介護記録をデジタル化するソフトを導入した」といった取り組みが助成の対象になります。
キャリアアップ助成金がパートや契約社員といった非正規雇用の従業員の待遇を改善するための助成金であるのに対し、このコースは職場の制度や環境そのものを整備することで、すべての従業員が長く働き続けられる職場をつくるための助成金です。
正社員・非正規雇用を問わず、雇用保険に加入している従業員全員が対象となる点も特徴のひとつです。
2. 取り組みのメニューと助成額
取り組みのメニューは、大きく分けて、次の2種類に分かれています。
A:職場のルールや仕組みを整える雇用管理制度の導入
B:機器や設備の導入によって作業負担を軽減する雇用環境整備の措置
AとBはどちらか一方だけでも申請できますし、組み合わせて申請することも可能です。
A 雇用管理制度の導入
| メニュー | 内容 | 助成額 |
|---|---|---|
| 賃金規定制度 | 賃金規定と賃金表を整備し、定期昇給の仕組みを導入する(中小企業事業主のみ対象) | 40万円(賃金要件達成で50万円) |
| 諸手当等制度 | 資格手当・家族手当・退職金・賞与などを新設する | 40万円(賃金要件達成で50万円) |
| 人事評価制度 | 評価結果が賃金に反映される人事評価制度を導入する | 40万円(賃金要件達成で50万円) |
| 職場活性化制度 | メンター制度・従業員調査(エンゲージメントサーベイ)・1on1ミーティングのいずれかを導入する | 20万円(賃金要件達成で25万円) |
| 健康づくり制度 | 希望する従業員に人間ドックを受診させる制度を導入する | 20万円(賃金要件達成で25万円) |
助成額上限は、複数導入した場合でも80万円(賃金要件達成で100万円)です。
B 業務負担軽減機器等の導入
| メニュー | 内容 | 助成額 |
|---|---|---|
| 業務負担軽減機器等 | 従業員の直接的な作業負担を軽減する機器・設備等を導入する | 導入費用の1/2(上限150万円)※賃金要件達成で上限187.5万円または225万円 |
フォークリフト・食器洗浄機・介護ソフト・搬送ロボットなど、業種に応じた幅広い機器・設備が対象となります。
注意が必要なのは、パソコン・タブレット・スマートフォンおよびその周辺機器、空調・照明設備などは対象外であることです。
AとBを組み合わせた場合の上限額
AとBを組み合わせた場合、助成額は最大230万円(賃金要件を達成した場合は最大325万円)となります。
賃金要件加算とは
整備計画期間中に、制度の導入・実施と併せて対象となる従業員の賃金を引き上げた場合、助成額に加算が行われます。
| 賃金引き上げ率 | 加算内容 |
|---|---|
| 3%以上(一定の条件あり)または5%以上 | 助成額の25%を加算 |
| 7%以上(業務負担軽減機器等導入の場合) | 助成額の50%を加算 |
3. 各制度の要点
賃金規定制度
賃金規定制度とは、賃金の計算方法や支払い方法を定めた規定(賃金規定)と、基本給の単価を雇用形態・年齢・役職・職種・資格などに対応して整理した表(賃金表)をあわせて整備し、年齢や勤続年数、能力等と連動して賃金が上昇する定期昇給の仕組みを導入する取り組みです。
毎年なんとなく給与を上げているが基準が明文化されていないという状態から、昇給のルールを就業規則に明記した状態にすることが、この制度の導入にあたります。
助成額は40万円(賃金要件達成で50万円)。中小企業事業主のみが対象です。
詳しい要件や申請手順は、賃金規定制度の個別記事で解説します。
諸手当等制度
諸手当等制度とは、資格手当・家族手当・役職手当・出張手当といった各種手当、退職金制度、または賞与制度を新たに導入する取り組みです。すでに支給している手当の増額ではなく、これまで制度として存在しなかったものを新設することが条件です。
退職金制度を導入する場合は1か月あたり3,000円以上・6か月分以上の積立、賞与制度を導入する場合は6か月分相当として50,000円以上の支給が必要です。
助成額は40万円(賃金要件達成で50万円)。
詳しい要件や申請手順は、諸手当等制度の個別記事で解説します。
人事評価制度
人事評価制度とは、従業員の能力・成果・行動などを評価し、その結果を賃金(諸手当・賞与を含む)に反映させる仕組みを導入する取り組みです。評価基準が年齢や勤続年数だけで決まるものは対象外で、従業員自身の努力や成果によって評価が変わる仕組みであることが必要です。また、導入にあたっては労働組合または従業員の過半数を代表する者との合意が必要です。
助成額は40万円(賃金要件達成で50万円)。
詳しい要件や申請手順は、人事評価制度の個別記事で解説します。
職場活性化制度
職場活性化制度とは、職場内のコミュニケーションの活性化を図るため、以下の3つのいずれかを導入する取り組みです。
メンター制度は、直属の上司とは別の先輩(メンター)が後輩(メンティ)のキャリア形成や職場での悩みをサポートする仕組みです。外部の専門家を外部メンターとして活用することもできます。
従業員調査(エンゲージメントサーベイ)は、従業員の仕事へのやりがいや組織への貢献意欲を測定する調査を実施し、結果をもとに職場環境の改善につなげる取り組みです。外部機関や専門家の助言のもとで導入することが必要です。
1on1ミーティングは、直属の上司と部下が1対1で行う定期的な面談です。業務上の課題からキャリアの悩みまで、部下の希望に沿った幅広いテーマを扱うことが求められます。月に1回以上の実施が必要です。
助成額はいずれか1つの導入で20万円(賃金要件達成で25万円)。3つすべてを導入しても助成額は変わりません。
詳しい要件や申請手順は、職場活性化制度の個別記事で解説します。
健康づくり制度
健康づくり制度とは、希望する従業員に対して人間ドックを受診させる制度を新たに導入する取り組みです。通常の定期健康診断とは異なり、胃がん・肺がん・大腸がん検診、歯周疾患検診、骨粗鬆症検診など、法定の健康診断では義務づけられていない検診を含む総合的な健康診断が対象となります。受診費用の半額以上を事業主が負担することが必要です。
助成額は20万円(賃金要件達成で25万円)。
詳しい要件や申請手順は、健康づくり制度の個別記事で解説します。
業務負担軽減機器等の導入
従業員が直接作業していた業務について、機器や設備の導入によって身体的な負担を軽減する取り組みです。導入費用が10万円以上の機器・設備が対象で、購入のほかリース契約やライセンス契約も含まれます。
対象となる機器の例として、建設業では油圧ショベルや施工管理ソフト、製造業では洗浄機や食品製造機器、運輸業ではフォークリフトや電動アシスト台車、飲食・宿泊業ではロボット掃除機や食器洗浄機、介護業では車いす昇降リフトや介護ソフトなどがあります。
パソコン・タブレット・スマートフォンおよびその周辺機器、通常の事務用機器、空調・照明設備などは対象外です。
助成額は導入費用の1/2(上限150万円)。賃金要件を達成した場合は上限が187.5万円または225万円に拡大されます。
詳しい要件や申請手順は、業務負担軽減機器等の個別記事で解説します。
4. 活用事例
事例1:賃金規定制度と諸手当等制度を同時に導入したケース
昇給の基準が明文化されておらず、従業員から評価への不満が出ていた。
賃金規定・賃金表を整備(賃金規定制度)したうえで、資格手当を新設(諸手当等制度)
制度を導入後、従業員から給与の基準がわかるようになったと好評で、離職率が改善した。
2つの制度を組み合わせて助成金80万円を受給した。
事例2:フォークリフトの導入と人事評価制度を組み合わせたケース
倉庫内での重量物の運搬を手作業で行っていたため腰痛による離職が続いていた。
導入費用180万円のフォークリフト(業務負担軽減機器等)を導入し、さらに人事評価制度も新設。業務負担の軽減と評価の仕組みの整備を同時に進めた。
合計130万円(業務負担軽減機器等90万円+人事評価制度40万円)の助成金を受給した。
事例3:計画書の認定前に制度を導入してしまったケース(失敗例)
就業規則の改定を先に行い、その後に計画書を提出しようとしたケース。
※計画書の認定を受ける前に制度を導入してしまうと、要件を満たさず申請できません。取り組みを始める前に、必ず計画書の提出から着手してください。
5. 申請までの流れ
賃金規定制度、諸手当等制度、業務負担軽減機器等の導入など、取り組みの種類にかかわらず、申請の大きな流れは共通しています。
STEP1. 雇用管理制度等整備計画の作成・提出
導入する制度・措置の内容と計画期間(3か月以上1年以内)を記載した「雇用管理制度等整備計画書」を作成し、計画開始日の少なくとも1か月前までに、かつ6か月より前にならないよう(つまり早すぎてもだめ)、本社所在地を管轄する都道府県労働局に提出します。申請日前12か月間の離職率(計画時離職率)も計算して記載します。つまり、計画を提出する時点での離職率も記載する必要があるということです。
STEP2. 計画の認定
提出した計画書の内容が適切と認められた場合、都道府県労働局から認定通知書が交付されます。認定が確認できるまで、制度の導入・実施を始めてはいけません。
STEP3. 制度の導入・実施
認定を受けた計画に基づき、就業規則の改定や手当の新設、機器の導入など、各メニューで定められた取り組みを計画期間内に実施します。雇用管理制度を導入する場合は、労働協約または就業規則への明文化が必要です。
STEP4. 評価時離職率算定期間(12か月間)
計画期間が終了したら、その翌日から12か月間の離職率(評価時離職率)を測定します。この12か月間は、導入した制度が実際に機能しているかを確認するための観察期間です。
離職率は「算定期間中の離職者数 ÷ 算定期間の初日における被保険者数 × 100」で計算します。
例えば、算定期間の初日に20人が在籍し、その期間中に2人が離職した場合、離職率は10%となります。
従業員が10人以上の事業所は計画時より1ポイント以上の低下、1〜9人の小規模事業所は計画時と同水準以下であることが目標です。
言い換えると、10人以上の事業所は離職率の改善が必要で、1〜9人の事業所は少なくとも現状維持が求められます。
また、いずれの規模でも評価時離職率が30%以下であることが条件です。目標を達成して初めて、STEP5の支給申請に進むことができます。
なお、離職率の計算には自己都合退職も含まれます。
ただし、定年退職・重責解雇(労働者自身の責めに帰すべき重大な理由による解雇)・役員昇格・従業員の事情により勤務時間を短縮したことで雇用保険の資格を喪失したなどは算定から除外されます。
STEP5. 支給申請
評価時離職率算定期間の末日の翌日から2か月以内に、支給申請書と必要書類を都道府県労働局に提出します。この期限を過ぎると申請が受け付けられなくなるため、算定期間が終わったらすみやかに準備を進めてください。
計画書の提出から助成金の受給まで、少なくとも1年以上かかる制度です。余裕を持ったスケジュールで取り組むことが重要です。
6. よくある質問
Q. 複数の雇用管理制度を同時に導入することはできますか?
可能です。
例えば、諸手当等制度と職場活性化制度を同時に導入するといった組み合わせができます。
ただし、複数導入した場合でも雇用管理制度(A)の助成額上限は80万円(賃金要件達成で100万円)です。業務負担軽減機器等(B)と組み合わせることで、最大230万円(賃金要件達成で325万円)まで受け取ることができます。
Q. 計画期間はどのくらいに設定すればよいですか?
3か月以上1年以内の範囲で設定できます。
ただし人事評価制度の場合は、評価サイクルの関係で最長1年3か月以内まで延長できる特例があります。制度の内容や評価・支払いのスケジュールを考慮したうえで、無理のない計画期間を設定してください。
Q. パートやアルバイトも対象になりますか?
雇用保険に加入している従業員であれば、雇用形態を問わず対象となります。
Q. 助成金を受給した後、また申請することはできますか?
一定の条件のもとで再申請は可能です。
ただし、過去に同コースの助成金を受給している場合、最後の支給決定日の翌日から起算して3年間は申請できません。3年が経過した後であれば、新たな制度を導入することで再申請できます。
5. まとめ
人材確保等支援助成金(雇用管理制度・雇用環境整備助成コース)は、職場の制度や環境を整備することで従業員の定着率を高めたい事業主を支援する助成金です。
賃金の体系を明文化したい、手当や賞与の制度を新設したい、評価の仕組みを整えたい、現場の身体的な負担を機器で軽減したいなど、職場が抱えるさまざまな課題に応じたメニューを選ぶことができます。
キャリアアップ助成金が非正規雇用の従業員の待遇改善を後押しする助成金であるのに対し、このコースは雇用形態を問わずすべての従業員を対象に、職場の仕組みそのものを整えるための助成金です。
両方を組み合わせて活用することで、採用から定着までを一体的に強化することができます。
注意が必要なのは、制度を導入するだけでは助成金は支給されない点です。
計画期間終了後の12か月間で離職率の目標を達成することが、受給の条件となります。
まずは自社の直近12か月間の離職率を確認し、どのメニューが現実的に導入できそうかを検討することから始めましょう。
要件の詳細や自社の状況への当てはめ方については、管轄の都道府県労働局またはハローワーク、もしくは社会保険労務士にご相談ください。

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【参照資料】
厚生労働省「人材確保等支援助成金(雇用管理制度・雇用環境整備助成コース)」のご案内
厚生労働省「人材確保等支援助成金(雇用管理制度・雇用環境整備助成コース)」支給要領
👉 厚生労働省:人材確保等支援助成金 公式ページ(申請書・要領のダウンロードはこちら)
※本記事は2026年4月時点の法令・情報に基づき作成しています。
助成金の支給要件は頻繁に変更されるため、具体的な申請にあたっては必ず最新の公募要領をご確認いただくか、所轄の労働局または社会保険労務士までご相談ください。